ぬるぽの起源【濡潤穂】(ぬるぽ)濡れて潤う田んぼの稲穂 傾斜地の多い日本では稲作で使用する水を雨水に頼っていました。 しかし傾斜地では雨水を蓄えようにもすぐ流れてしまい又 傾斜地の為、当時の建築技術では満足に溜池も作れませんでした。 しばしば日照りに悩まされた当時の農民は占いで天候の行方を 占ったという・・・・・ その占いの結果出された雨の知らせが【濡潤穂】でした 【濡潤穂】は、日照りで苦しむ農民達に歓迎され、 農民達は、祝福の意味を込めて、 「賀(が)」と言って、濡流報を伝える者をもてはやしたという 「濡流報」「賀」のやり取りは、初めは言葉だけのやり取りであったが、 やがて杖や棒を用いて、相手の頭をなでる行為が加わり慣習化した。 後の江戸時代初期には、連弩の技術を応用した自動式の 賀装置も作られている。 がやがて土木技術の発展や、揚水装置の発明により 雨水に頼らない農作が可能となり 『濡潤穂』・『賀』の風習は一部地域を残し廃れていった なお、現代の「ぬるぽ」「ガッ」のやり取りは、いうまでもなく、 『濡潤穂』が元になっており、 棒のようなもので相手を殴るという、一見粗暴な行為に変化しつつも、 祝福と感謝、五穀豊穣の願いが込められていることを 我々は忘れてはならないだろう 民明書房 宮下あきら著 『日本の奇妙な風習』 |